
制作年
昭和21年(1946)頃 全紙 690×1400 額装(910×1838)
1946年寄贈 図書室展示
作品について
題名 『三五七言』 詞作者 李白
秋風清 秋風 淸く,
秋月明 秋月 明かなり。
落葉聚還散 落葉 聚(あつ)まりて 還(ま)た 散じ,
寒鴉棲復驚 寒鴉 棲(す)みて 復(ま)た 驚く。
相思相見知何日 相思 相ひ見る 知んぬ 何(いづ)れの日ぞ,
此時此夜難為情 此の時 此の夜 情を爲(な)し難し。
翠軒三逸
「三五七言」は詩題ではあるが、様式名である。三五七言体詩。
「校内美術品めぐり(1968)」(小川楓葉)によれば、『校長室(本館等改築前の旧校舎校長室)の東壁面上に大きな扁額が掲げられている。これは鈴木翠軒先生のまだお若い時揮毫されたもので大きな扁額は珍しい宝物と言ってよかろう。淡墨で草書体で連綿も構成も見事に出来ていてこの書の前に立つと何か迫力に圧倒される感じがする。是非一度在校中によく鑑賞してもらいたい。詩形は三五七言という珍しいもので三言五言七言それぞれ二句ずつ対になっている。この詩体は李白の創作といわれる。この書の由来は、本校の前身豊橋二中が、その創立20年を祝って広く名筆を請うた折(昭和21年)、当時生地に疎開し、二子を同校に送って居られた翠軒翁が、特に大書して贈られたものと聞く。同翁壮年期の行草として、晩年には見られない若さがあるとは風葉先生のご指摘である。見る程に風韻を感ずるのは無知のわが目を越える作品の高さというものであろう。(「ひがし」硯滴 扁額二題-翠軒と竹山)』とある。
長く校長室に掛かっていたとのことで経年劣化が進んでいたが、平成25(2013)年に「ひがし会」の厚意で「正和堂」藤田昌澄氏の表具技術により修復・額装がなされ、芸術作品としての輝きを取り戻した。 創立120周年記念美術展(2022.5.24~29)於:豊橋市美術博物館出品。
作者について
鈴木 翠軒(すずき すいけん) 明治22年(1889)~昭和51年(1976)
旧姓は長尾、本名は春視(はるみ)、翠軒は号。愛知県田原市堀切町に生まれる。愛知県立第四中学校(現在の愛知県立時習館高校)を卒業後、地元の小学校の教員となるが、周囲の勧めで書道を深めていくことを志して上京、丹羽海鶴に師事した。この後、二松學舍専門学校卒。晋代、初唐の楷書を研究し、嵯峨天皇、空海、良寛の書に造詣が深く淡墨で知られる。小中学校の書道教育に参加し国定甲種小学書方手本を揮毫した。1957年日本芸術院賞受賞、61年日展常務理事、66年勲二等旭日中綬章受章、68年第20回文化功労者、74年勲二等瑞宝章受章。郷土を代表する偉大な芸術家である。日本芸術院賞受賞の際、昭和天皇から、「これはどういう書風ですか」との問いかけに、翠軒は、「嵯峨天皇李?詩を8年、空海を40年、羲之を40年、良寛を25年習い、これらのものが入り混じっています」と答えたという有名なエピソードがある。享年87歳。
92 李白(り はく)(701-762) 中国、盛唐の詩人。字(あざな)は太白、号は青蓮居士。詩聖杜甫(とほ) に対し、詩仙と称せられる。唐文化の爛熟(らんじゆく)期に生まれ、不遇なうちにも酒と女を愛して 飄逸(ひよういつ)豪放に生き、その詩は天衣無縫の神品とされる。詩文集「李太白集」がある。
